2006年08月31日

ジェームス、TG機墜落当時の状況を証言

 1998年12月11日にスラーッターニー県内で発生したタイ国際航空機(エアバス310-204)墜落事故で重傷を負った歌手兼俳優のジェームスことルゥアンサック・ローイスーサック氏が30日朝、当時墜落機内にいた生存者の一人として裁判所の証言台に立ち、墜落発生直前に機長側から悪天候の影響で着陸が出来ない場合はバンコクへ引き返すことになるとのアナウンスがあった直後に、携帯電話を所持していた乗客が一斉に空港で到着を待っていた家族等に電話をかけ初め、そうこうしている内に三回目の旋回中に墜落した事を明らかにしました。

 この証言は、墜落機を操縦していた機長の夫人や子息等が、航空機を操縦していたパイロット側の操縦ミスが墜落原因であると結論づけた当時のタイ国際航空経営陣7人を相手取り提訴した130,550,137.01バーツの損害賠償の支払いをを求める名誉毀損訴訟の中で、原告側の証人として行われたもので、当時の経営陣が操縦ミスと結論づけた直後に、当該機材の操縦システムに不具合があり、また整備状況も良好でなかった事が明らかになっていました。

 尚、101人が死亡し45人が重軽傷を負ったこの事故に関しては、当時バンコクでアジア大会バンコク大会が開催され多くのマスコミ関係者が来タイしていたこと、また日本人の方が犠牲になったことから日本でも大きく報じられていました。

 また、ジェームスが事故機から救出された事は日本でも大きく報じられていましたが、タイ国内ではジェームスと同様に、真っ先に墜落機から脱出し、真っ暗な沼地を走って救助隊に墜落機の場所を知らせ、更に救助作業を手伝った、腸癌の末期療養の為に自宅に戻る為に航空機に乗っていた当時7歳のアピチャート君の活躍がヒーローとして大きく取り上げられていました。

 その活躍を聞きつけたドイツ政府からの招待で、事故から約1-2ヶ月後にアピチャート君はドイツへ癌治療の為に向かったと思いましたが、その後のアピチャート君の消息については不明です。

posted by Jean T. at 02:25| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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