テープタイ氏によると、チャーンナウィット氏は、労働組合組織と密接な非政府系団体の活動家で、最近では反クーデターを標榜した反独裁民主主義同盟に合流した際に、プレーム議長を中傷するビラを配布したとして公安警察に逮捕されていたが、その後、容疑そのものがうやむやにされていたという。
また、チャーンナウィット氏は、チェンマイ大学時代には、元タイ・ラック・タイ党党首代行のヂャトゥロン・チャーイセーン氏と同期だったものの、旧タイ共産党の活動家として森林地帯に逃走した為卒業はしておらず、また、プレーム議長を批判した"ゴーン・グワート・ナイ・ローン・プラバート(国王の靴の中の小石)"や"ティー・トワー・サムゥー・ヂャオ(王を自称する者)"といった本の執筆にも同氏が背後で関与していたという。
当局に投降し、その後地方開拓団組織に組み入れられた旧タイ共産党関係者は、旧タイ・ラック・タイ党の主要な支持基盤とされ、また、彼らが持つ共産主義運動時代に培われたオルグ手法が、同党の地方に於ける勢力拡大に多大な貢献をしたとされていた。
また、投降した旧タイ共産党の関係者の多くが、投降と引き替えに開墾の為の土地を提供する事を約束した、当時首相だったプレーム議長に約束を反故にされたとの考えを持っているとされ、スラユット前首相が首相就任を引き受けた後に、真っ先に懐柔の為に旧タイ共産党関係者と会合を持っていたのも記憶に新しい。

